このブログ書いたやつ、わりとサイテーだな―ダメだな―という話

このおぞましい黒歴史ブログを開設してから、
いよいよ8年と半年以上が過ぎました。
(ってえええマジかあああ!)

私は正直アドレスを入力することすら躊躇われるブログです。
最近はニュースで見かけた変な記事にパパーッと文句をつけてみたりしたものの、
書いたら逃げるように閉じている。過去の記事を読み返すなど顔から火が出るので不可能だ。
こんなものネット空間に放置していいのか?でもコメント欄含めて消さないって約束したからな…
って、今コメント欄って閉じてるのか?あああ戻すの恥ずかしいよぉお!死ぬよ!

こんな言い訳をいつまでも書き立てるのもバカらしい…!!!
改めて区切りをつけるための記事を書き、このブログを記憶から封印するんだ…というのは、
長年私の喉に引っかかった魚の骨、人生の汚点であったこのブログに関する記憶も殆ど失われてきているので、このまま忙しい日々に身を投じたら、完全にこのブログとの縁が切れるだろうと予想できるから。今だって昔の記憶なんて殆どないが、もっと未来になると
「え、何これ?」ってなるだろうしさ。今のうちに総決算しなくちゃいけないんだ!!!
だいぶ遅い気がするけどしょうがないんだ。このまま雲隠れするのって嫌ぁん。

それにこのブログを残す以上は、新しく発見する人が出てくるだろうしね。
解説しておく必要があると思う。適切な解説になっているかわからないが…
『本人による当時の推測』ということで一つよろしくです。








このブログを開いた2005年、私はリアルでニートでした
(詳細は読む人が辟易するだろうから控えておくw)
このブログを書いた最大の動機は「暇」「日本語で何か書きたい」というのが大きいですが、
やはり「反響がほしい」というのが大きかったんじゃないかなと推測します。

今なお日本のネット空間には妙な韓国情報/韓国論があふれており、
日本語が読める韓国人を当惑させてしまいますが、
特に常識的には理解しがたい持論(か受け売り?)を
本当のことのように吹聴する人に対し異論を唱えれば、
常識的な価値観を持つ人は私を支持するだろうし、そうでないなら私を叩くだろう。
という計算あってのブログ開設だったのです。

それは、国家などで人を一括りしてレッテル張りするのを嫌う性格の私が、
あえて「韓国人」という看板を掲げてブログを始めたことから見ても確定的です。
こいつは策士です。私は「自分は○○人だ」などという紹介を好まない性格なので、
無邪気に「韓国人」を名乗ることは決して純真な書き込みとは言えません。
そうすれば注目が集まる。韓国人という看板がなければ誰も寄ってこない。
と思ったから「韓国人」を名乗ったのです。

しかし、策士策に溺れるとはこのこと。天然キャラを決め込んでいた私ですが、
韓国人という理由だけで攻撃されすぎたせいで、
つい「私をバカにするネトウヨをバカにしてやりたい」という気持ちに駆られ、
変な書き込みをするようになり、今に至った…というのが、
このブログの恒例の『言い訳』でした。

しかし、ただ「叩かれすぎたから」変な書き込みをした。
という一言で済ませるには、このブログには不適切な記述が多いのです。
それは「叩かれすぎたからおかしくなった」のではない。
「天然キャラでブログを開設したつもりが、無理をしすぎたせいで地が出てきた」
とでも言うべきではないでしょうか。

たとえば翻訳練習のつもりで開設した別ブログでは「日本人は陰湿だ」とコメントで返したことがあります。たしかに「韓国人はあーだこーだ」と言われすぎたせいで、言い返してやりたくてそんなことを書いたのは確かです。(別にそんな持論は持っていませんw)

「このままじゃ自分がおかしくなる」「こんな自分は嫌だ」と思ったのが、このブログを一旦やめて、コメントできない状態(つまり言いっぱなし状態)で運用することにした理由でもあります。

ですから「叩かれすぎておかしくなった」というのはある程度本当だと思いますし、
当時の自分もそう信じていたと思うのですが、ここでは「叩かれすぎた」ことよりも
「なぜ言い返したいと思ったか」のほうが重要だと考えます。

そもそもブログを開設した当時の私は、完璧な「善玉」のつもりでした。それもそのはず、
ネトウヨ(という括りは的を射ていないと思うのですが、便宜上使わせてください)の中でも
かなり常軌を逸した方(というのは失礼ですし、今は別のアプローチをしたいと思うのですが…)
を批判の対象として想定していたからです。よって、素で書くだけで、第3者が見れば
「あらぬ誤解や偏見を助長するほうがひどい!」と思うことは間違いなく、
私は「天然のいいやつ」ぶることができたのです。当時の私は、
自身が「良いやつ」であることを信じて疑いませんでした。

なのにどうして、ただ韓国人という理由だけで悪意をぶつけられなければならないのか…
「いいやつ」であるはずの自らのセルフイメージを保つには、私を苦しめるあいつらは
「悪いやつ」であらねばならない…だから「相手の異常性」を主張したくなったのでは?
と、今の私は推測します。

批判が的外れだったら、無視すればいい。なのにどうしても堪えられなかったのは、
「いいやつである自分像」がそれだけ重要だったからじゃないでしょうか。そう。
私は「いいやつ」ぶるためにこのブログを始めたのかもしれないのです。

政治問題は置いといて、単なる差別意識というのは完全なる間違いですし時代錯誤的です。
(少なくとも今の世界では、これは正しい主張のはずです)
その間違いにツッコミを入れている自分というのは当然、正しい側なわけです。
私は白の中にいる…結構スカした気分になるはずだし、やりがいもあるはず。
そう、別に同じ韓国人のためだとか、韓日日韓関係のためだとか、
地球平和のためというわけじゃない。悪いことに異を唱える善なる自分が好きだからこそ、
こんなバカブログを始めたに違いないのです。

ゴチャゴチャ政治問題を絡めて偏見をぶつけてくる人がいたとき
仮に、その人が私同様「知らず知らずに自ら敵を求めている」のだとしても、
その根拠は歴史や政治の問題にあるわけですから、
(カウンセリングと言うとおこがましいのですが)ちゃんと話を聞いて、
現実の問題は現実の問題として考えて、私には悪意としか思えなかった攻撃性に対しても
「どうしてこうなるに至ったか」をしっかり見極めるべきだったのですが、
私もまた「ネットで見つけた悪を正す」という至極インスタント的な、
お手軽ヒーロー気分だったことは同じだったので、「悪意をぶつけられた!
こいつは悪いやつだ!」という短絡思考にしか至れなかったのでしょう。

いよいよ「あいつらに言い返してやりたい。バカにしたい。
悪いのは相手だということを証明したい」という気持ちが高まってきた頃、
「叩かれすぎて疲れた。ブログやめます」というふうに逃げることでしか、
「自分は悪くない」というスタンスを保つことができなかったのではないでしょうか。

実際ひどい叩かれようだったため、「せっかくの韓国人ブロガーをつぶした
ネトウヨは悪い」というふうに見えたと思います。しかし、私は天然ではない。
叩かれすぎたのは自業自得なのです。想定以上に叩かれて面食らったが、
あえて反発されそうな題名をつけたり、ここでこう書けばネット右翼の人怒るかも。
というところをドキドキしながらあえて書いてみたりしたことは枚挙に暇がありません。
(といっても具体的なところは忘れたが、読み返すと顔から火が出て死ぬと思うw)

これは「善玉として悪玉を正したい」という(当時の私には自覚のない)動機のほかにも、
そもそも私がネットというものを「自分を確かめるためのツール」として使っていたことも、
動機として物凄く大きかったろうと思います。

私はパソコン通信で初めて「他人の心」というものを本当の意味で実感できたくらいに
閉じこもった性格をしていました。(中学校に上がる頃だった当時、まあ友達はいたが、
心の通う交流はなかった)自分を表現できる場所はネットでした。(自閉気味だったのかも…
と、ついドラマチックな設定を盛り込みたくなりますが、要は単なるジコチューだったと思うw)

ブログ黎明期になると、韓国のサイトで某日本漫画の韓国語版の連載第1話の翻訳にケチをつける記事を書いて、大炎上しているのを見て悦に浸ったものです。翻訳者の方に記事を取り下げてほしいと頼まれたとき、無碍に断ったのは自分の主張が正しかったからではないと、今ならわかります。主張自体は正しくても、それを読むはずの翻訳者の方や、無批判に受け入れるだろう方々にどう波及するかということは考えてなかった。それを指摘されたとき、私は「間違ったことは書いてない。悪気はないんだから好きにさせろ」という風に逆切れしました。

今にして思えば、私の当時の対応は「ネットの発言の自由」云々によるものではなく、
その根本には私自身の他人への接し方、というか人間性があるのではないかと思います。
昔から他人を思いやることを怠って生きてきた。(というより半ば放棄して生きてきた)
それを許して付き合ってくれる度量の広い人だけが友達だった。
(なのに全く感謝を覚えずデカい顔ばかりしてたので、逃げていった友人は数知れない)
ネットでも「正義は我にあり」と思うことで、実生活と同様に開き直ることが出来たのでしょう。

当ブログの最大の恥部のひとつにニューヨーク・ヤンキースの
「イチロー選手」を殺害(?)するといった意味にとれる冗談があります。
(具体的にどういうものだったかは忘れたが読み返したくないので詳細は勘弁)

韓国の掲示板か何かで見かけたネタですが、断っておくと私はイチロー選手のことは尊敬してます。野球への興味や見識はないけれどWBCの最後の展開が神だったのでずっとシビれたままです。まったく悪気はないしイチロー選手への敵対心があるとか殺したいとかとは全然違う。

そのネタの突飛さに笑ってしまったというか自分ではサウスパーク的なノリのつもりでいたのだと
記憶しています。(結局、苦痛を忍んでチラッと見たのですが)本来、厳粛なものであるはずの「義士の義挙」を野球に見立てるというのが的外れすぎて吹いたという風に書いてあります。

しかし記憶の薄れた今の自分としてはどうしても共感が持てないし、
正直思い出すだけでも引いてしまう話です。本当はどういうつもりであれ、
こういった場所でそういうことを報告して何がしたかったのか…と戦慄せざるを得ないのですが、
要は私自身に「ネットで人の気を引きたい」という単純で幼稚な動機が内在していたために、
ブログ開設初期の「間違いや誤解を正す」という目的が薄れて「適当に何でも書こう」という
姿勢になってくると、「とにかく反応がありそうなこと」を書くというスタンスが前面に出てきて、
何がしたいのか訳のわからないことを書くようになったのでしょう。

ヘタリアに関する記事に至っては主張したいことは何もなかったのです。
「今、ヘタリアについて書けばアクセスが稼げるし、俺はとにかく長文が書きたい」と思っただけ。
韓国のブログ界隈で拾った内容を継ぎ接ぎする過程で自分のフィルターを通すことになるし、
自分の考えも盛り込んでいたはずですから、一抹の真実はあったと思う。でも人を呼ぶなら、
もっとしっかりと自分の考えを記して、意見に耳を貸したりすべきなのです。

これまで、仕事に詰まってムシャクシャすると適当なネタを検索してとにかくバババーっと書いて推敲すらしない。という現実逃避のストレス発散の場としてこのブログを利用したことが多いのですが、(今は反省しているのでそのモチベーションすらない)真剣に読んでくれた人には本当に失礼な話です。

最初の「間違いを正す」という動機がまだ有効だった頃は、自らの「善性」を信じていられたし、
何を言われようがエネルギッシュにブログを書くことができた。でもモチベーションが薄れると、
私は単なる暇人のかまってちゃんでしかない。

「韓国」という看板でモノを書けば読みに来るが人がいる。という点に甘えて、
自分自身を振り返ることを疎かにしていた。変なレッテル貼りをする人と何ら変わりない、
他人の批判に聞く耳を持たない自分の性格から、目を逸らし続けていたのです。

昔、韓国の大邱(テグ)の地下鉄で火災が起きたとき、2chには「朝鮮人がたくさん焼け死んだ!嬉しい!」といった感じのAAが投稿されたりしていて、私はまとめっぽいサイトでそれを目にし、「人の死を喜ぶなんて…お前ら人間じゃねぇ!」と憤りました。今思い出しても吐き気がする。

しかし、まあ私はさすがにそこまで逸脱したことはできないが、そのAAを書いた人も本物のレイシストではなく、見る人を怒らせたいとか、思いっきりトチ狂った祭りがしたいといった、何かしらの歪んだ動機によって「ネタ」としてAAを作った可能性だって存在するはずだ。だからといって、それを見て酷い気分になった人に「ネタだから許せ」という風には言えないだろう。間違いなく人を傷つけているのだから。

同様に、私はイチロー選手の死など望んじゃいないし、それは本質じゃない。あくまで突飛で荒唐無稽な組み合わせに笑ったのだ…と言ったところで、如何ほどの説得力がある。イチロー選手を好きな人が見て酷い気分になる可能性が間違いなくあるのだ。人を傷つけておいて「悪気はなかった。冗談だった」で済ませようとしている私に他人の行いを正す資格はまるでない。はたから見ると「日本の匿名掲示板の連中は韓国人の死を喜んでいるクズだが、このブログの書き手や韓国の匿名掲示板の連中が書いているネタはあくまでサウスパーク的なノリのブラックジョークなので罪はない」といった話に見えるはずで、完全にダブルスタンダードでしかない。

そう。私は正義を振りかざして他人を批判するのは好きだが、自分の落ち度についてはきわめて無頓着な人間なのだ。そんな人間が、「自分と似た連中」を日本のネットで発見し、それを批判することで「善なる自分」に浸れたものの、やがて「本当は酷かった自分」を発見するように至る。というのがこのブログの顛末だと思う。(こうまとめるに至ったのは実生活や韓国のネットでの経験によるところが大きいが、ここでは話が脱線しすぎるので控える)

思えばこのブログを開設したとき×0歳だった私も今は×8歳…この歳にして
「自分は、自分で思っていたようなやつではなかったかもしれない」ということを
思いつくようになったのだから、人間としてどれだけ未成熟なのかが知れるというものだ。
周りの親切に甘えてばかりの人生を生き、自分の善性を信じすぎていたために、
「他人はどう思うのか」という配慮が欠如してしまっていた。根は悪いやつじゃないとか、
そんな自己正当化はどうでもいい。実際に他人を配慮できるかどうかが重要なのだ。
もう甘えてばかりいられる年齢でもないしね…そろそろ×9歳ってマジ?!ウソだろ!?
なぜ17歳教は男性を入信させてくれないのか…!(って、やっぱり話が逸れた)

単に人の気を引くためじゃない。本当に人の役に立つことをしたい。
そのためにはこんなグダグダなブログは使えない(そうしたのは自分)。
よってこのブログへの更新のモチベーションは低い。あと今もそうだが
自分に酔いすぎな記述が多すぎなので、単純に恥ずかしくて開けません…
これも書き溜めているものの、投稿までこぎつけるかどうか(笑)

でも、いろんなことをネットを通して体験できたので、ここでの経験は私にとって有益でした。
たとえば、差別意識にさらされた人が、必ずしも理想的な被害者でいられるわけではなく、
人間誰しもが聖者ではない以上、トチ狂って反撃行為に出るかもしれないのだとか。

私はブラウザを閉じるだけで正常な世界に戻れたからよかったけど、それでも嫌な自分に戸惑ったからなぁ…映画「偽りなき者(Jagten、The Hunt)」の主人公はあんな状況でブレなかったんだから、本当にすごいと思う。弱い人は、逃げないと変になっちゃう状況だと思うわけで。

何にせよ、「韓国人」の看板を掲げたのが、すべての間違いの元です。
私は国を代表するほど強いわけでも、賢いわけでも、
成熟しているわけでもなかったのですから。

時々「日本に生まれていたら、ネット右翼になっていたかも…」なんて妄想をするのですが、
私のようにねじくれた弱虫がネットで粋がっているというのはあくまで一部に限った話であり、
自分=日本の「正しさ」を信じ切ることでポジティブな人生の活力を得る、弱いどころか強く、
一切の負い目も歪みもない「誇り高い愛国者」がネトウヨに分類されがちな考えを持つ方々の
本陣だということは重々承知していますので、私のこのような妄想はとても失礼な話ですよね!

では、一通り『自分』のことが書けたところで、次は当時の『相手』だった方々に対して、
久しぶりに物申そうかなと思います…といっても現在は関わるつもりはないんですが、
「ネトウヨ」というふうに分類されがちな方々について、現在思っていることを書きたい。
自分語り(最新の言い訳ともいう)は5行で終わらせてそれを書きたかったが無理でした…

ではでは、本当にくだらん自分語りが長くなってしまい…お目汚し失礼しました。いずれまた。


ps) 過去のコメント見えるようにしたけど、また隠すかもしれない…
苦情は nonki05☆gmail.com までお願いします。(☆→@)

あと去年メールでご質問下さった方、返信できなくてすみません(最近チェックしました 爆)

イルベ(カイカイ通信さんが紹介しているサイト)についてはツイッターσでもつぶやいてみましたが、
例えるなら2chで「チョンを殺せ」的なことを書く人が独立して集まった場所のイメージが強いので
「韓国のネット掲示板で…」「韓国の反応」という広義的な紹介には、予てから疑問がありました。

しかし私もまた、アフィリサイト?のリンクとかで「韓国人云々」の題名を見てクリックしたくらいで
ちゃんとカイカイ反応通信さんを隅々まで読んでいるわけではないので、カイカイ通信さんが
イルベの韓国における立ち位置ついてどう捉え、どう解説しているかについて知らないのです。

ただ、「韓国の反応」というサイトになっている以上、わざわざ紹介している記事の転載元の
特殊性を強調するような説明はしていないんじゃないかな。と推測してはいるのですけど、
これは必ずしも恣意的とは言えず、たまたまカイカイ通信さんが題材に選んだのがイルベで、
新規翻訳先を開拓していないため、一般の認識について把握していないだけかもしれません。

カイカイ反応通信を見て「イルベ=韓国の2chのようなもの」というふうに勘違いする事例が
多いだろうことは想像できるのですが、まあ読むに堪える記事を選別してくれてるでしょうし、
韓国人→イルベ民に変換して読む分には有益なところもあると思うのですが…私としては
ガンギエイがどうというのは胸糞悪くなるので関わりたくない(笑)一般の認識はこれです。

なんかそういう「特定層をバカにしたり侮辱するのが面白くなってしまう」心理については
日韓両国で研究を進める必要がある気がするのですが、医者じゃないので僕はちょっと…

幸い在特会のように現実で暴れてはいませんが。一般には理解してもらえないという事に
イルベ民の方々は自覚的だと思います。(だからイルベ虫と自虐できるんじゃないのかな~)
批判に対して「ただのネタだからほっとけ」という反応をされたという話も見かけているので、
本物のレイシスト率は低いのかもしれません…どうかな?(何か身の覚えのある話だなあ;)
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by no_tenki | 2014-03-17 02:52
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