ノムヒョンのジレンマ (1/2)

Q:グォンヤンスク女子やノ前大統領の息子、娘は起訴対象になれるんですか?彼らは公職者じゃないですよね。賄賂罪は成立しないと思うんですが。パクヨンチャ会長の贈与の形になるのでは?法的に責任を問うとすれば、贈与税穂脱嫌疑(税金を払ってない)しか適用できないのでは?


A:知人から金を借りるとか、貰って使うなどはあり得るので、家族は起訴できないわけで、それをノムヒョンと関連付けるのために「包括的賄賂罪」という単語を持ってきて新たな解釈をしたわけです。そもそもノムヒョンのせいのはずで、家族が個人的にもらったはずはない。ということです。言論プレイでノムヒョンが張本人だとの世論を作り、検察の判断がもし間違っていた場合でも、そうやって追い込めばノムヒョンが包括的賄賂罪を認めるしかなくなるだろうと踏んでいたようですが、死んでしまうだろうとは予想していなかったようです。


↑ というような感じの「そもそも無理がある」といった話とは、
違った観点の話を載せたほうがいいんでしょうね。当ブログ的には。
以下は長いので適当に読み流してください。言いたいことは最後にあります。








0.入る前に

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貴方は貴方の国家の頂上にいる政治人だ。
貴方は一生を清廉さと道徳性に自負心を持って政治をしてきた。

しかし貴方にショックな情報が入る。

貴方の政治的地位を見た幾多の政/財界の官営者がロビーと請託を試みており、貴方の配偶者、二人の子、貴方の兄、貴方の友人のすべてが、不適切な金をもらったという事実を知らされる。

検察はこの事実を把握し捜査を始めており、結局は貴方の周りの人々が金を受け取ったという手がかりと情況証拠を確保した。

しかし検察は実質的な被疑者としてあなたを直接指差し、貴方の配偶者と二人の子が受け取った金は、事実上、貴方が受け取ったのと同じだという'包括的賄賂罪'を適用して起訴しようとする。検察は配偶者と二人の子は被疑者ではなく参考人に過ぎず、配偶者と子に金をあげた人は貴方からの見返りを求めて金を与えたはずで、彼らに金を与えたわけではないと主張する。

ここで、あなたが直接受け取った金はさっぱりない。


'包括的賄賂罪'を適用するには、貴方が貴方の周りの人から金をもらったことを検察が立証する必要があるが、検察は特別な証拠を持たないまあ、ただ'常識的に知らなかったという主張はありえない'という主張をしている。

このような状況において、あなたには次のような二つの選択ができる。

(選択1.)私は潔白だ。無罪を主張する。

私は政治人として、そして公人として、私を信じてきた私の支持者たちを裏切ることはできない。たとえ私の配偶者、私の子が監獄に行くとしても、事実は事実だ。私は金を受け取っていないし、金を受け取ったのは私の配偶者、私の子であり、私ではない。私に罪はない。

(選択2.)罪を認める。

一生を私のために尽くした私の配偶者、そして私の子たちを捨ててまで、私の名誉を守るべきなのか?ここで私が受け取ったというだけで、私の配偶者も、私の子も、無事で済まされる。こうなったら私の名誉を諦め、私の家族を生かすのがマシな選択だ。

あなたならどちらを選ぶだろうか?


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1.(序論)ノムヒョンはなぜ'自殺'を選んだのか?


多くの外国の方々の認識と話を聞いて、残念さを禁じえません。

しかしより残念なことは、多くの外国言論が、今回のノムヒョン大統領の自殺が'検察の賄賂捜査'によるプレッシャーによるものだと説明していることです。

この説明どおりなら、この事件について今から接する外国人はノムヒョン大統領が賄賂事件を起こしたのだろうと勘ぐることになります。本当のノムヒョンの苦悩は何だったのか、本当にノムヒョンを苦しめたものが何なのか、真実は何かを正確に伝える必要があります。

それで私は'ノムヒョンのジレンマ'を説明しようと思います。





2.背景の法律知識の理解


法律的に見ると(ほとんどの外国も変わりません。)不法行為/違法行為を犯した被疑者は、直接的にその犯罪を犯していなくても、その犯罪の事実について知っていたか、知り得た場合には、犯罪者に准ずる処罰を受けることになります。これを法律上の用語で'善意と悪意'としています。

'善意'はこのような事実について知らなかったか、知るはずがなかった人を指しており、

'悪意'は国語辞典の意味とは違って、'その事実を知っていたか、知り得た'人を'悪意'としています。



基本的に、法律では'善意'の第3者は徹底して保護するものの、'悪意'の第3者は加害者/被疑者と準じる処罰や不利益を与えることになります。

検察がわざわざ金を直接的に受け取ったグォンヤンスク氏や、受け取った金の実質的な利益を取ったノゴンホ、ノゾンヨン氏を被疑者にせず、ノムヒョン大統領を被疑者にしたのは、事実上、今回の事件が'ノムヒョン大統領'という地位によって発生したものであり、ノムヒョン一家に渡った賄賂は実質的にノムヒョン大統領からの見返りを期待してあげたのであり、その家族から何かを得るために与えたとは考えられず、ノムヒョン大統領はこのような周辺の人々が賄賂を受け取ったということを常識的に知っていたか知りえたはずだと主張するためです。

それでグォンヤンスク氏の召喚調査、ノゾンヨン氏のアパート契約書、ノムヒョンの1億ウォンの価値のある時計などを取り上げ、「パクヨンチャがここまで様々な形で金を与えているのに、ノムヒョンあなたは、これを一つも知らなかったといえるのか?」と、検察は問い返します。

検察が実質的に提示した証拠は、'パクヨンチャ'の口頭陳述がすべてです。
そのほかに物証は存在せず、物証に準じる証拠もまたほとんどなく、かろうじて物証にかぎりなく近いものが、ノムヒョン大統領の還暦祝いの1億ウォンの時計2個ですが、これをグォンヤンスク氏は失くしたと陳述します。

それで検察は'常識的'に、そしてパクヨンチャの口頭陳述を根拠に、ノムヒョン大統領を起訴しようとしました。

(ここで不拘束/拘束は重要ではありません。起訴と拘束はまったく別の問題であり、拘束をする理由は、起訴をする過程において被害者に逃走の憂慮があるか、証拠隠滅の憂慮があるか、そのほか拘束しなければならない重大な事由がある犯罪を犯した場合にかぎって拘束します。)

しかしノムヒョン前大統領側は
1) 検察が提示するはっきりとした証拠はなく、
2) かろうじて口頭で証言するパクヨンチャは、ノムヒョン大統領が周りの人々が金を受け取ったという事実を知っており、さらに'相手が大統領なので、自分が金を与えなければ、予測できない被害を受けるしかない'という理由で自分のロビーに対する処罰を顕著に減らすことができる法的利害関係者なので、彼の陳述に信憑性を与えることが難しいと見ていました。

したがって、これについての法廷の攻防では、自分の潔白さと無罪を明かせるだろうと数回にわたって明かしています。そして一貫として無罪を主張してきました。しかし、ノムヒョン大統領を最後まで苦しめたのは'自分の潔白と無罪'を明かすことではありませんでした。自分の行為がもたらす結果は、結局、自分が意図しない結果だという、ノムヒョンのジレンマに陥るという事実です。





3.検察の理解しがたい行動と目的

検察は最初からノムヒョン大統領だけをねらっていたため、周辺の家族が金を受け取った事実に対し、彼らを被疑者としていませんでした。グォンヤンスク氏を相手に100万ドル(+40万ドル)に対する起訴をしていれば、グォンヤンスク氏はほとんど100%違法資金収受による処罰を受けることになります。また、ノゴンホ氏とノゾンヨン氏は、個人的にその収受資金による実質的な利得を得た者として、もしくは'悪意'の第3者として処罰を受けます。しかし検察はそうしていません。

検察は最後までノムヒョンだけを被疑者だと主張しました。検察が望んだのは、あくまでもノムヒョン大統領であったため、彼らは最後までノムヒョン大統領を連関させる何かを探す標的捜査のみを続けており、彼が望んだのは'罪人'ノムヒョンを作ることでした。ここで'罪人'ノムヒョンとは法的に不正行為を犯したノムヒョン大統領という意味にもなりますが、道徳的に'罪人'であるノムヒョンという意味もあります。

民主主義を標榜する全世界のほとんどの国で、法と道徳の概念は明確に区分されています。'法は最小限の道徳'という命題からもわかるとおり、'法的な過ちは処罰を受けるが、道徳的な過ちは処罰を受けない、しかし道徳的な過ちを犯すことも過ちに違いない'ということは、世界の民主主義国家のほとんどが認める考えだろうと思います。





4-1.検察が作った'ノムヒョンのジレンマ'


冒頭で記した例題と同じ状況において、当事者の主人公が選べる選択肢は、結局
(選択 1) 潔白さを主張し続ける。
(選択 2) 悔しいが罪を認める。
に絞られます。

実際にノムヒョン大統領が選択していた(選択1)潔白さを主張し続けるを選ぶ場合、法廷攻防によってノムヒョン大統領は'法的には無罪'を宣告される確率はとても高い。しかし、この選択で必然的に'自分は罪がないが自分の家族には罪がある。'という事実を認める過程が含まれます。つまり、自分の口で自分の家族が罪を犯したと告発しなければならない現実に置かれます。

こうなればノムヒョン大統領は「なるほど、お前はやはり自分で金を受け取るような人ではなかった。だから賄賂収受においては罪のない潔白な人だ。しかしお前はお前の潔白を主張するために家族を告発した。お前は家族を売ってまでお前が(一生を主張してきた、信念だとしてきた)潔白だと、道徳的だと主張できるのか?という罪の意識に苛まれることになります。'自分が生き残るために配偶者も、家族も見捨てた良心のない人間'という烙印を圧されるわけです。

実際にノムヒョンは去年末、ノゴンピョンがセゾン(世宗)証券汚職で捜査中のとき、なぜ対国民謝罪をしないのかという質問に対し「自分の兄が今まで罪を否認しているところで、弟の立場で先に対国民謝罪をしてしまうと、兄の罪を認める形になるので、私はそうはできない。」と話しています。ここからわかるように、ノムヒョン大統領は自分の家族をとても尊重していることがわかります。このようなノムヒョンが、自分自身の口で家族を盾に使う行動に出るのは、とても精神的に苦しく辛いことだったろうと推測できます。

ならば(選択 2)を選ぶべきか?(選択 2)を選ぶ場合、家族らが犯したすべての罪の最終的責任、究極的な責任は自分が背負うことができます。しかし、だからって自分の家族を保護するという保障を受けることはできないのです。「私が命令して私の家族から金を受け取った。」と勘ぐられることになり、この場合、家族らは犯行の主体ではないものの、最小限の共犯として処罰を受けることになります。この場合、ノムヒョン大統領は'一生を道徳と清廉さを主張してきた者が、家族全員を使って不正を働いた。'という非難を逃れる術がなくなります。

皆さんはどう考えますか?

もし私がノムヒョン大統領ならば、私もまた(選択 1)を選びます。どう考えても、常識的に(選択 1)のほうが、自分だけでも生き残る可能性が高いだけでなく、'家族全員を使って不正を働いた'という非難は避けられます。誰が見ても(選択 2)よりは(選択 1)のほうが若干マシな、最悪ではない次悪の選択だと言うでしょう。

しかし、どちらの選択肢も、結局は自分自身の道徳的破滅をもたらします。

これがノムヒョンのジレンマです。

道徳と清廉さが看板だった政治人が自分の無罪を主張する場合、自分は法的に無罪を証明できますが、自分の家族を売るという過程を避けられなくなります。喜んで自分の家族を見捨てられる人が、この世にどれほどいるでしょう?ならば、自分が一生大事にしてきた信念を裏切り、自分の名誉を捨てるべきでしょうか?

このようなジレンマの中で、ノムヒョン大統領は、今までの数週間を苦しんで過ごしたはずです。




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もともとは一つの記事なのですが、長いと投稿できないらしくて、次へとつづきます
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by no_tenki | 2009-06-12 17:37
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