韓国の反日映画について (香港のカンフー映画を観て思い出した)

『葉問』というカンフー映画を深夜上映で観てきたが、かなり気に入った。









単純な思想に則った映画だけど、(しかも日本輸出など想定していないだろうから、日本軍にも善人を出すとかの虚飾がないゆえに、さらに単純に見える)その単純美ともいえる愚直さが気に入った。葉問というキャラクター(実際は共産党に追われて逃げたらしいし、あくまでもこの映画のストーリーの中のキャラクター)が大事にし、守ろうとしている価値は普遍的なものであり、韓国の某映画に描かれた「むなしいだけで意味のない民族的なプライド的な何か」的などうでもいいものと違って、同時代の朝鮮人(の中で尊敬できる人々)が持っていた情緒を、完全に体現していた。主人公「葉問」の生活や人柄からして、朝鮮のソンビ(ゾンビではない)的価値観を持つ人物そのものだ。儒教国家だから似るのかな。

それに反して、日本で「反日映画」のレッテルを張られた某映画なんて、主人公が共感できる価値を何も背負っていない。悪役の日本人に勝つという、なんの意味もない構造だけが存在する。この映画がそこそこヒットしたのは、その精神性がないというガラガラさ(?)のおかげだった。重くなくて、何も考えずに見れるということと、観客を呼び込むだけの俳優が主演だったということが理由だったのであって、別に「日本人に勝つ」といういわゆる「反日」的な部分が観客を呼び込んだわけではないのだ。その俳優に興味がある人なら観に来る。だから、ガラガラの脚本でも金儲けができた。だからあえてガラガラにしたのか…とにかく「日本人と戦って勝つ」ということになんの意味も見出せなかったので実にむなしかったし、「これを観て韓国人は喜んでいるんだ」という言葉が絡むと「韓国人はオナニー民族」といわれても仕方がないというもの。しかし、当時はまだ引きこもりじゃなかったのでみんなで一緒に見たりしたが、みんな日本の城なんかで忍者的なのと戦うところなんかは笑えるという感じでスルーしてたし、俳優がどうのとしか言ってなかった。注目してるのはそこであった。とにかく、日本で反日映画になってしまって、原作の漫画は結構悪くないのにそうなってしまって残念だ。映画は俳優に罪がないとしても脚本が糞つまらなかったので糞映画だが。その映画の名は「風のファイター」

(ちなみにストーリー的には反日映画の印象を十分に与え得る「葉問」の場合、かなり上映館が少なく、やってるとこでも11館とか9館とかでやってる。「反日(つまり、日本人と戦って勝ちます。的な)」だけでは売り込めないのだ。「日本沈没」ぐらいショッキングな題名ならともかく)

『葉問』の主人公のように、個人として共感できる意味で「私は○○人だ」と言っていたはずの朝鮮人が、今は上っ面だけの意味のないプライドやら愛国心やらを振りかざしているように見えるのは、まあ、尊敬できる人は今までの歴史の中でほとんどが死んでしまったのだから…というと見も蓋もないが、少なくとも今の韓国はその精神の継承者ではなく、その精神を蹂躙したものが総べている。だからこそ上っ面だけの、誰しもが共感できる価値ではない、麻薬的でオナニー的な愛国心やらを振りかざしてカモフラージュする。いわば朝鮮日報的政権だ。

そんな人々が保守になりすましたのが、今の韓国の不幸の原因である。たぶん、今「進歩」を自称したり、保守派に「進歩」と呼ばれる人のほとんどは、本来は保守であるべき人たちだ。真の保守になるために社会を進歩させるというか。うう、言葉遊びのようになってきた。

まあ、『葉問』は武術目当てで見に行ったが、(そこは満足!)
主人公の体現する価値が気に入ったので、そのへんも満足。←結論。
これを韓国が作ったなら極悪反日映画ってことになるんだろうな。違うのに。

関係ないが、「日本軍が撃ち殺される場面がある」ということで反日映画となった
「ノム・ノム・ノム(いいやつ、悪いやつ、へんなやつ)」は決してそんな映画ではないので
実際に見てほしいものだが、『葉問』の日本人の感想が知りたくてグーグルで検索したら、
香港現地で映画を見ているある日本人のブロガーが、『葉問』に「日本人としては不快だった」的な感想を少し書いていたが、(でも葉問の人となりが物語の核だということは理解してもらえてた)同じく香港で観たという「ノム・ノム・ノム」の場合、特に引っかからなかったらしく、単に面白かった的なことが書いてあったわけで、この「ノム・ノム・ノム」での日本軍の意味なんて物語の背景というかそんなものでしかなく、チャンバラで倒される大勢の人的なものなので、別に憎しみの対象とかそういうのじゃないわけで、物語的に反日とか関係ないわけで。あくまでも3人の朝鮮人の男が殺しあう話なわけで。つっこむなら独立軍に突っ込むべき。あれはほとんど意味がなかった。たぶん独立運動の設定では?と思った「いいやつ」すら実はただの銃器オタクだったし。ネタバレをすると、いいやつもぜんぜんいいやつじゃなくて、へんなやつも裏があって、全員「どうしようもない身勝手なやつらだった」的な落ちなんだけど…書いてたらまた観たくなった。うーむ。DVD買おうかな。

「ムクゲの花が咲きました」っつー昔の映画は原作からして
「核を持ちましょう」という主張をこめた右翼作家による小説で
紛れもない正真正銘の反日映画だが、そんなのと同列に並ばせて
いろんな作品の価値を落としてほしくない。「ノム・ノム・ノム」の監督なんて
ソニーのTVの広告に出ているし、ドラマだが「黎明の瞳」は超名作。感動。
個人的に、DVDを再発売してほしい、また観たいドラマNo.1。なのに日本軍
慰安婦にされたキャラクターが出るからって反日ドラマってことにされて酷い…
韓国の現代史がわかる超良質なドラマなのに!最近は極端な史劇ばかりで鬱。
(独裁政権時代を描いた続編の「モレシゲ(砂時計)」も良い。これは日本にも出てる!)

関係ないが、ソンビで日本のWikipediaを検索してみたら

> 『親日派のための弁明』(金完燮著)では、註でソンビを
> 「在野の高尚な文人のこと。意味はちがうが日本語でいえば
> 『サムライ』に近い語感がある」と説明している。

という箇所が最後にあって吹いた。まったくそんな語感ないから…
あまり主観的な感想をさも事実のように言い切らないでほしいものだ。
それとも転載者の適当さゆえか。これだけだと意味がつかみづらいぞ。
「ソンビ」は慎ましく温和な文人のことだし、「サムライ」はかっこよくて
刀を持っている武士だが、語感が似てるとはどういう意味か実に気になる。
つまり朝鮮の人はソンビをかっこいいと思い、日本の人はサムライをかっこいいと
思うということだろうか。しかし文人と武人、社会に貢献する仕方も政務と戦い。
ただ忠誠するのではなく、上が間違いを犯せばそれを正すのが美徳のソンビ。
主君に対して間違いを犯したら潔く腹を切る侍。それぞれかっこよさがあるかも
知れないけど違うベクトルじゃないか。うむむ…つまり「古い言葉」で「特定の職業
または生き方、理想像」を表す言葉だってことかな。それなら納得だけど語感とは違うな。
ってか、この人は、こんなポピュラーな言葉にて言及されるほど、信憑性のある人物か?
オソンホァさんと同じく、政治的なプロパガンダを著述している人でしかないではないか…
これについては異見あるだろうけど、言葉については辞書とかを持ち出すべきなのに、
よりによってこの人か。この人からしか韓国情報ないの?右翼の言いなりなのに。的な。

こんな思いついたまま書き散らす落書きはもうやめる。やめる。と何度も言っているが、
(本当にあと何回かのうちにやめたいと思う。マジで。時間が惜しいし、ぼく自身疲れる)
私のこの「ブログやめる」は「別の形のブログか何かに移る」と同意。いなくならないよ。
自分にとって無理のない範囲で、なんらかの形で韓国の情報は発信したいと思います。
本当はそんなことしたくないんだけど、1秒でも自分の趣味のほうにつぎ込みたいけど、
意図せずにかなりの人を釣った(関心を集めたという意味)からには、少しは責任を取らねば。
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by no_tenki | 2009-04-18 07:46
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